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04
2007

眼に映る良さ 映らぬ善さ

暗いです。

「加爾基 精液 栗ノ花」の頃、よく林檎を聞いていた。


こういう時に、後悔したり、自分を責めたりしても何にもならないことは分かっている。
だけどもあまりにもやりきれない。どこに思いを向けたらいいのか分からない。

前と同じだ。

日記を見てその方が大変な状況にあることを分かっていたくせに何もできなかった。
いや、死んだら嫌だとメールは送った。短いお返事を頂いた。
少し安心した。それまでも前と同じだ。
何故私は同じことを繰り返すんだろう。

後日、日記に「心の病に、どんななぐさめの言葉なんて耳に痛く響く雑音にすぎない」
とあった。無力だ。私は日記が途切れるまで、じっと傍観していた。
どこかで、また気分が安定することもあるだろうと思っていた。
最悪の結果にはならないと勝手に信じていた。
あとで気付いてみれば日記の題に「長い遺書」と書いてある。
遺書を読んで、傍観してるだけなんて、私は馬鹿だ。
だからと言って、私に何ができたか、というと疑問だが。
だからと言って、すべて「仕方がなかった」で片付けていいのか。

ああ、やりきれない。

出会って約7年。顔を合わせたのはちらっと2回だけ。
ほとんど会話していないので、いつかゆっくり話してみたいと思っていた。
時々メールでやりとりしていた。

亡くなる1週間程前に突然mixiの紹介文を書いて下さった。
根性屋さん、ケセラセラ的な生き方・・・
実際の私はどうだか分からないが、彼の見た私像が私は好き。
いろいろ・・ありがとう。
私は最期まで何もできなかった。
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